第十一章 竹の巻物
劉が戸に閂をかけたとき、掌は汗で濡れていた。
部屋の中はいっそう薄暗くなる。劉の父は炕の端へにじるように移り、壁際の隙間に手を差し入れて何かを探った。やがて、かすかな「カチ」という音がした。
炕の表面が、ほんのわずかに浮いた。
劉は息を呑む。
この炕には子どもの頃から寝てきた。どこが熱く、どこが軋むかも知っている。だが、底に仕掛けがあるなど、一度も知らなかった。
木板が持ち上がると、長年の埃が舞った。小さな暗い空間が現れ、その奥から父は古びた布に包まれた細長いものを、両手で抱くようにして取り出した。
祖母は思わず一歩前へ出かけ、すぐに止まった。
これ以上近づけば、自分が見てしまうのは単なる家の秘密ではない。この一家が外の者から最も遠ざけてきたものだ。そう思ったからだ。
「私は、外にいた方が――」
祖母がそう言いかけると、老人は背を向けたまま言った。
「今さら遅い。字を知り、松平の名を名乗った時点で、お前はもう無関係ではおれん。ここで耳を塞ぐなら、この先を探ることなどできぬ」
祖母は唇を引き結び、黙った。
しかし劉はなお抵抗した。
「父さん、やっぱりやめてくれ。俺は家長だの秘密だのを引き継ぐ気はない。元へ戻してくれ。今日のことは、何もなかったことにしよう」
老人はそこで初めて振り返り、息子を見た。
その眼差しは重かった。
「わしが渡したくて渡すと思うか」
劉は返す言葉を失った。
「これまで黙っていたのは、惜しんだからではない。お前に背負わせたくなかったからだ。一年でも、一日でも遅くしてやりたかった。だが人がここまで辿り着き、松平の字まで合ってしまった以上、もう隠し通せん」
言い終えたところで老人は激しく咳き込んだ。劉が反射的に手を伸ばすと、老人はそれを払いのける。
「お前が怖いのは分かる。だがな、わしだって受け取った時は同じだった。平気だったわけではない。ただ、その代だった。それだけだ」
劉の顔は青ざめていた。
「俺には何もできん。字もろくに読めない」
「読めぬなら覚えろ。怖くても、やるしかない」
祖母は傍らで二人を見ていた。そのやり取りは、祖先の栄光を子に語る場面ではなかった。もっと切迫した、もっと暗い何かだった。誇りが受け渡されるのではない。災いと責任と、何代にもわたる沈黙が、ついに行き場を失って押し出されている。そんな気配があった。
老人は包みを膝の上に置き、息子に言った。
「まだわしを父と思うなら、ここで最後まで聞け。聞いたうえで受けるか捨てるかは、お前の運だ」
長い沈黙ののち、劉は掠れた声で問うた。
「それは何だ」
「家書だ」
布を解く手つきは遅く、慎重だった。中から現れたのは紙の本ではなく、深い褐色に変わった竹簡だった。
竹片は艶を帯び、結び紐は何度か替えられている。それでも、これが途方もない歳月を越えてきたものだということは、一目で分かった。祖母は息を浅くした。これは普通の農家にあるべきものではない。ここに在ること自体が、常識の外にあった。
「我が家では、代ごとに一人の息子にだけ、これを渡してきた」老人は言う。「偏愛ではない。知る者が少ないほど、長く生きられるからだ」
「つまり、今度は俺か」
「お前を選んだのではない。お前がこの代に生まれ、そこへこの娘が来た。それだけだ」
そう言ってから、老人は祖母を見た。
まだ警戒は残っていた。だが先ほどまでの拒絶だけではなかった。避けようのない事実を、ようやく測り始めた目だった。
「一つ、はっきり言っておく」老人は祖母に言った。「これは面白い昔話ではない。聞いたら、もう物語としては扱えん。追えば、お前が見たくないものまで出てくるかもしれん」
祖母はその意味を理解した。
劉家が守ってきたのが秘密なら、松平家に残っているのは、削られ、書き換えられ、美しく整え直された別の半分かもしれない。そこには、自分も家族も認めたくないものが含まれている可能性がある。
それでも、祖母は頷いた。
「覚悟はあります」
老人は竹簡を卓上に置き、ゆっくりと開いた。竹が触れ合う乾いた音が、静かな部屋に細く響く。庭の鶏の声すら遠のいたように思えた。
「ここに書かれているのは家系だけではない」老人が言う。「正史に書かれなかった旧い出来事がある。しかも始まりは劉理の生年よりさらに前だ」
「赤壁ですね」
祖母が低く言うと、老人は僅かに眉を上げた。
「よく読んできた顔をしている」
「読んできたからこそ、史書が輪郭しか残していないところがあると分かります」
老人は口の端をわずかに歪めた。
「輪郭しか残っていないのではない。残せなかったのだ」
劉は堪えきれず割って入った。
「勿体ぶらずに言ってくれ。劉理みたいに史書で影の薄い男が、どうして赤壁と繋がるんだ」
老人は答えず、竹簡を少し前へ押し出した。
「正史の赤壁は、曹操の南下、孫劉の結盟、そして火攻めだ。それは間違っておらん。だが我が家に伝わるのは、その下にもう一層あったという話だ」
祖母は知らず息を止めた。
「どんな話です」
老人は一人ずつ顔を見て、最後に竹簡へ目を落とした。
「諸葛亮は、孫劉の兵を一人も死なせずに曹を退けると言った」
劉が思わず鼻で笑う。
「そんなことがあるものか」
「わしもそう思った」
老人はそこで言葉を切った。
「だが家書の次の行には、こうある」
一拍置いて、低く告げる。
「まず曹軍を病ませよ」