第二十九章 同行者

本当に動き出してみると、僕と劉硯秋は青島にいた時よりむしろ噛み合わなかった。

喧嘩になるわけではない。ただ、物の向きが少しずつずれる。彼女は何でもいちばん現実的なところへ押さえようとするし、僕はつい先に筋道を揃えてから動きたくなる。武漢から赤壁の旧地へ、さらにその奥へと乗り継いでいくあいだ、毎日のようにどこかの細部で引っかかった。

たとえば、手元の抄本を東京の井上先生へ送るべきかどうか。

僕は、字を読む手が一つ増えるなら悪くないと思った。だが劉硯秋は即座に首を振った。

「これは研究会じゃない。送る先を一つ増やせば、そのぶんだけ路の上の目も増える」

あるいは地図へ印をつける時、僕がつい「うちの副座」「そっちの抄本」と言ってしまうこともそうだ。二度目までは何も言わなかったのに、三度目でついに彼女は筆を置いた。

「そういう分け方、もうやめて」

「どういう意味」

「もしあなたが松平の分だけ抱えていたいなら、ここで別れてもいい」

声は低いのに、言葉だけが卓の真ん中へ重く置かれた。

「この路がまだ路でいられるのは、どっちも片方だけでは足りない形にしてあるからでしょう」

僕は何か言い返しかけて、結局飲み込んだ。

彼女の言う通りだった。

ただ、人は自分の来た側へ無意識に境界を引いてしまう。けれど、この話では、その境界のほうを先に書き換えなければならなかった。

道中、川沿いの小さな町で乗り換えた時のことだった。道端の雑貨屋で「赤岸」と「石門」を訊くと、店主は釣り銭を渡す手をほんのわずか止め、何でもないふうに言った。

「二、三日前にも似たことを訊いたのがいたな。訛りの変な二人組で、紙も持ってた」

僕は思わず身を乗り出した。

「何人いました」

「二人。一人は男、一人は女。観光客には見えなかった」

さらに聞こうとしたところで、劉硯秋が代金を卓へ置き、目で制した。外へ出てからようやく口を開く。

「地名が偶然重なるだけならいい。でも訊き方まで同じなら偶然じゃない」

僕たちは抄本と副座の暗刻を頼りに、まず最もそれらしく見える場所へ向かった。

古い江堤の脇にある石坡だった。あたりはひどく荒れていて、まばらな家と、半分死んだようなポンプ場があるだけだ。「江右石門、三折近赤岸」という句をそのまま追えば、たしかにここへ来る。けれど実際に立って、石坡に刻まれた浅い水食の筋を見た時、僕はふっと足を止めた。

出来すぎている。

ほんとうに人目を避けて封じる場所なら、紙にある通りに、こんな素直に重ならない気がした。

劉硯秋もしゃがんで地面を見たあと、眉を寄せた。

「誰かに、そう読ませるための書き方みたい」

意味を問い返そうとした時、彼女はもう斜面を上がり始めていた。追いかけて半分ほど登ったところで、靴先が硬いものに当たる。拾ってみると、折れたプラスチックの柄だった。さらに先には、新しい掘り返しの跡と、空のペットボトル、煙草の吸殻まで落ちている。

僕はその場で止まった。

ここへは、最近ほかの誰かも来ている。

しかも、たまたま足を踏み入れた程度じゃない。道具を持って掘りに来ている。

劉硯秋もそれに気づいた。顔色がすっと冷え、さらに辺りを探る。ほどなく石の陰から、雨でふやけて乾いたコピー用紙を拾い上げた。皺だらけになっていたが、印刷された薄い図様は見覚えがありすぎた。

供物台の拓本だ。

僕が持ってきた紙ではない。けれど出所は同じ筋だとしか思えなかった。

指へ力が入る。

「ほかにも副座の資料を持ってる人間がいる?」

劉硯秋は紙を裏返した。そこには殴り書きのような覚えが残っていた。

石門、赤岸、三折、逆読。

彼女は「逆読」の二字を見つめたまま、急にその紙を僕へ突き返した。

「場所を間違えた」

「何だって」

「抄本の方位語は、逆に解く。おばあさんが残した浅い刻みは順に見るけど、うちに伝わった路の言葉は逆から読む。片方だけだと、ちょうどこういう偽の場所へ引っぱられるようになってる」

そこで、仕組みが一気に見えた。片方だけ拾った人間は、こういう偽の場所へ先に引きずられる。

そしてもっと冷えたのは、その次だった。

ここへすでに誰かが拓本を持って来ているということは、僕たちだけがこの線を辿っているわけではない。

劉硯秋は濡れたコピーを押さえながら、低く言った。

「だから勝手に資料を回すなって言った。こういう路は、二組目に匂いを嗅がせた時点で一気に荒れる。知ってしまえば、もう元の静かな場所へは戻れない」

江の風が紙の端を鳴らした。僕は掌で押さえた。まだ完全に乾いていない湿り気が、皮膚の下まで伝わってくる。

僕たちのほかにも、追っている人間がいる。

それだけは、もう疑いようがなかった。